小諸城


小諸城(こもろじょう)は、長野県小諸市にある日本の城跡。別名、酔月城、穴城、白鶴城。
戦国時代、武田信玄の東信州経営のために現在の縄張りとされた。現在残っている城跡の元になったものは信玄の軍師であった山本勘助の縄張りだと言い伝えられているが、根拠となる史料はない。
安土桃山時代から江戸時代にかけて、石垣を構築した近世城郭に改修された。現在のような構えとなったのは仙石秀久の改修によるもので、三重天守もその頃に建てられたものであった。天守には桐紋の金箔押瓦が用いられていたが寛永3年(1626年)に落雷によって焼失している。
城郭は城下町である市街地よりも低地に縄張りされ、市街地から城内を見渡すことができ、このため穴城とも鍋蓋城ともいう別称がある。また、浅間山の田切地形の深い谷を空堀として利用しており、西側の千曲川の断崖も天然の防御として利用されている。(出典元『ウィキペディア』)


小諸城鳥瞰図(出典元『余湖くんのホームページ』)



大手門。現在は敷地内を鉄道が横切っており分断された形となっている。


三の門。徳川家達公の筆による「懐古園」の大額が掛かっている。


二の丸虎口の石垣。二の丸は徳川秀忠が逗留したとされる。


弓道場


南丸。垂直石垣が有名。


二の丸と本丸を分かつ堀に架かる黒門橋。


本丸虎口。本丸内には懐古神社が建立されている。


天守台。上から見れば高さを実感出来る。


展望台からの眺望


天守台から繋がる石垣群。往時は多門櫓が並んでいたのだろうか。




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