かつてはトラック諸島(Truk Islands)と呼ばれていたチューク諸島(Chuuk Islands)は西太平洋、カロリン諸島の島にておよそ250(正確には248)もの島々からなる世界最大級の堡礁であり、現在ミクロネシア連邦のチューク州の州都でもある。
主島はチューク環礁にて直径64kmもあり、礁内の海域を礁湖(ラグーンlagoon)と呼ぶが、トラック礁湖は広大で水深もあるから連合艦隊の停泊地としても、絶好の条件を備えていた。これを例えて当時の人は「太平洋のジブラルタル」、「日本海軍の真珠湾」と呼ばれ、日本帝國海軍の中部太平洋の根拠地としての役割を担っていた。
前述のように、トラックは環礁の中に島々が点在しているのであって、「トラック島」という島がある訳ではない。主要な島々は日本時代に春島と呼ばれ、現在飛行場や政庁のあるモエン(Moen, 現在はWenoとも呼ばれる)島、日本時代に南洋庁支庁が置かれ行政の中心であったデュブロン
(夏島、現トノアス:Tonoas島)などの旧四季諸島(他に秋島、冬島がある。)、南洋庁時代は月曜か
ら日曜までの曜日名を振られた旧七曜諸島である。さらに、「竹島」(現名エテン、島の形状が空母に似ている事から戦時中には飛行場が建設され文字通り浮沈空母としての機能を有した。)、「楓島」などの小さな島々が散らばる。
環礁は、上巾がほんの数mから数10mが海面すれすれに出ている超長大なリング状の珊瑚礁であって、リングのところどころが死んだ珊瑚虫の殻が白い砂の堆積となって水面に現れた島になっている。それらが堆積してできた島には数本の椰子が生えている。これら環礁上の島々を、中心部にある春島から見た方位に従って、子島(ねじま)とか午島(うまじま)とか、十二支名を付けている。また、環礁にはところどころ切れ目があり、船が航行できる個所は水道と呼ばれていたが、戦時は南水道以外は機雷で閉鎖されていた。
以上の様に要塞化されたトラック泊地ではあったが、昭和19年(1944年)2月17日の未明から18日までの2日間、"Operation Hailstone"と呼ばれる米機動部隊の艦載機の空襲で機能を喪失、トラックを根拠地とする第四艦隊の在泊艦艇を中心に徴用した輸送船など32隻が撃沈され、トラック基地の航空機300機が失われた。この時の大空襲により沈められた軍艦、輸送船、航空機が今もまだ当時のままに海の底に眠ってます。
小学2年生の頃“宇宙戦艦ヤマト”(再放送です。)に触発され興味を持った軍関係の実体験の出来る場所のひとつとして、このトラック諸島は以前から訪問したい場所でした。当面の目標は沈船全てを制覇する事、それが終われば再度見たい沈船にトライするつもりです。
これが、TRUKを訪問する理由です。
以下はTRUK諸島の地理的位置関係です。地図は全て英語ですが、勉強と思ってご容赦下さい。